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宮城県気仙沼市 森里海工房 燻製牡蠣のオリーブオイル漬け

気仙沼 森里海工房

気仙沼を含む三陸地方の沖合は世界三大漁場の一つとして知られている。カツオやサンマに加え、ワカメや牡蠣、アワビの生産量でも日本屈指の地域である三陸は、まさに海産物王国である。

その豊かな海の背景には、必ず豊かな森が存在する。三陸沖では暖かな海流である黒潮と、栄養塩類豊富な親潮とが出会う場所であり、沿岸近くでは豊かな森から河川水が絶えず供給されて海の生態系を底辺から支えている。最近の研究では遠くアムール川の水が三陸沖まで流れ込んで湧き上がり、豊潤な海である理由が科学的に裏付けされている。

森里海工房では、三陸の森と海に育まれた牡蠣を使用した燻製牡蠣のオリーブオイル漬けや、気仙沼湾へ流れ込む大川流域で生産されている穀物や大麦をベースにした焼菓子『森のクッティー』を作っている。

これらいずれの商品も地元気仙沼大川流域のこだわり食材で作られたものだ。

気仙沼 森里海工房

穀物王国

三陸地方というと『海』のイメージがとても強いが、実は海産物だけでなく農作物でも大変豊かな実りがあることをご存知だろうか。

青森八戸市から宮城の牡鹿半島に至る長い海岸線を含む三陸海岸の背後には、隆起に富んだ地形が続く。

一般的に『農業』というと宮城県内陸部のイメージが強いが、三陸地方においても、多種多様な農作物が生産されている。

穀物についていえば、宮城県内での主流な産地は県北であるが、気仙沼市の隣、宮城県南に位置する一ノ関市室根周辺地域でも、生産量は決して多くないものの、様々な穀物が作られており、文化として人々の生活の中に溶け込んでいる。

またこの地域には穀物と合わせて、独特の餅文化がある。うるち米が不足する中で粟餅、キビ餅、豆餅、胡桃餅といった、もち米と穀物を合わせた独特の食文化が花開いた。

この地域では、甘い味付けの穀物や豆の料理が、いつも手の届くところにあるそうだ。穀物がごく自然に人々の暮らしの中に存在してきたことがよく分かる。

気仙沼 森里海工房

一方、気仙沼地域でも穀物栽培の歴史は長い。
気仙沼周辺の地域で穀物が盛んにつくられるようになった要因のひとつは、夏場に吹く「やませ」の影響である。やませとは、この地方に春から秋にかけて海から陸地に吹き込む冷たい風のことで、かつては冷害や飢饉の原因にもなった。冷害に強い作物を求め、多くの農家が穀物を栽培していたのである。こうした厳しい風土の中で、穀物文化は育まれてきた。

焼き菓子『森のクッティー』は、こうした食文化を背景に誕生した。
現代人の食生活の中に穀物が出てくることは少ない。それでも少しでも地域の魅力を伝えたいと、地元の生産者の協力のもと開発されたのが『森のクッティー』である。

アマランサスのプチプチした食感と小麦のほのかな甘み。アマランサスには鉄分やカルシウム、リン、カリウム、食物繊維が大変豊富に含まれており、健康食品としても人気を博している。素朴な食感と味わいに不思議と心が和む ― そんな焼き菓子が出来上がった。

森里海工房の使用する食材は、地域の風土と文化に支えられているのだ。

気仙沼 森里海工房

森、里、海のつながり

森里海工房を語る上で、この地域の森・里・海の繋がりを語らないわけにはいかない。
この地域は、森と海、そしてそこに暮らす人々の繋がりを大切にしている地域なのだ。

三陸を訪れたことのある人であればわかると思うが、この地域では森から海までの距離が近い。リアス式海岸の独特の地形がその理由のひとつであると思われるが、複雑に入り組んだ沿岸では、海の中に小さな森が浮かんでいるようにも見える。

波静かな入り江には小魚たちが集まっているのが陸上からでもわかる。水面には岸部の木々の影が映りこむ。その中で静かに泳ぐ魚たち。まるで森に守られているかのようである。いわゆる『魚つき林』というのは、こういうものなのだろうと思う瞬間である。

魚つき林とは、「森林の木影には魚が集まる」「森によって風当たりが弱まる」などの漁師の経験から、「海辺に広がる森林には魚が多く集まる」という伝承であると言われている。

漁師たちは、そうした経験から「魚つき林」として守ってきた。

また、漁業を生業にする者たちは、昔から孫の代に船を残そうと、良い材になりそうな木を植林する風習もあった。漁業者にとって、森は昔から海と切っても切れない関係にあったのである。山と海とを共に大事にする文化的な背景は昔からあったと言えるだろう。

しかし、時代の変化と共に人々のライフスタイdルも大きく変わった。森の様子にも海の様子にも変化が生じてきたのである。

安い外国産の木材に押されて国内の林業は衰退し、人の手が入らなくなった山は荒廃し始めた。海には工場排水や生活排水が未処理のまま流され、これが赤潮の発生につながったと言われている。豊かな水産資源を誇る気仙沼湾でも、年々生産量が落ち込むといった現象がみられるようになった。

こうした中で、気仙沼の漁師が中心となって森と海、そして人々の生活の繋がりを見直そうという運動が始まった。「森は海の恋人運動」である。

気仙沼 森里海工房

漁師が海の環境を守るため、山に広葉樹を植える活動としてはじまったこの運動は、今年で25年目を迎えた。気仙沼湾に流れ込む大川の上流、宮城県一関市の山に植樹を行う植樹祭は毎年6月に開催されているが、全国から多くの人々が集まる。
海のことを考える時には山の環境も同時に視野に入れなければならないという呼びかけに、環境問題を抱える全国の人々から現在でも多くの反響が寄せられている。

季節が秋から冬になると、森の広葉樹の葉は地面に落ちる。
地面に落ちた葉は微生物によって分解され、土と反応して生物に必須な微量元素となる。
それが川から海に流れ、海の生態系の底辺である植物プランクトンを増やすことに繋がる。

植物プランクトンは動物プランクトンに食べられ、それを小魚が食べる。豊潤な海の食物連鎖は、そうやってどこまでも繋がっていく。
植樹開始から25年、河川の水質は改善し、待望のウナギが戻ってきたという報告もある。

こうした活動を通じて、山から海へと注ぐ河川の流域に暮らす人々の意識も変化した。下流の人々の暮らしを配慮し、また海への影響を考え、アイガモ農法など自然農法を試みる生産者もでてきた。
また、森は海の恋人運動に参加する流域の子どもたちは、「海と山との繋がりを知ることができたので、これからはもっと自然に優しい暮らし方をしたい」という手紙をよくくれるのだそうだ。海と山、人々の繋がりを大事にする次世代も着々と育っていると言えるだろう。